1996年5月5日、澄み渡る春の空が広がるゴールデンウィークの中、富山県の氷見市に住む19歳の屋敷恵美さんと、彼女の親友である田組育鏡さんは、それぞれの家族に「肝試しに行く」と告げ、家を後にしました。二人が選んだ行き先は、北陸で最も恐ろしいとされる心霊スポット「坪野鉱泉」。この場所は、多くの若者たちの恐怖心を煽り、心霊現象の噂が絶えない廃墟として知られていました。

屋敷さんと田組さんは、どちらも明るく、友人たちからも慕われる存在でした。彼女たちは日常の中で笑顔を絶やさず、何事にも前向きな姿勢で接していたといいます。しかし、その彼女たちが選んだ「肝試し」の先には、思いもよらぬ運命が待ち構えていたのです。

坪野鉱泉は、かつては栄華を誇る温泉ホテルでした。6階建ての鉄骨構造が山間の静寂を切り裂き、訪れる客たちに豪華なひとときを提供していました。しかし、1980年代初頭に突如倒産し、経営者は行方をくらまします。ホテルはそのまま放置され、バブル経済の崩壊によって周辺のリゾート開発も頓挫。やがて、風雨に晒され、外壁のペンキは剥がれ落ち、窓ガラスは次々と破壊され、廃墟へと変わり果てました。その姿は、かつての栄光を嘲笑うかのように、荒廃し、暗く不気味な空気を纏っていたのです。

そんな廃墟にはいつしか、暴走族や不良たちが集まり、深夜になると彼らの騒音が山間に響き渡りました。また、心霊現象の噂が広がる中、多くの若者が恐怖心を煽られ、「肝試し」と称してその場所に足を踏み入れるようになりました。屋敷さんと田組さんも、かつて一度、あるいは二度、この場所を訪れたことがあり、その時の恐怖が彼女たちの中に深く刻まれていたのかもしれません。

その日の夜、屋敷さんは懐中電灯を手に軽自動車で家を出発しました。田組さんは、勤務先のスーパーで懐中電灯の電池とペンライトを購入し、屋敷さんの車に乗り込みました。二人は、まず隣接する射水市の「海王丸パーク」に立ち寄り、そこでしばしの間、過ごしました。午後10時過ぎには、屋敷さんの軽自動車が国道8号を魚津市方面に向かい、途中でガソリンスタンドに立ち寄って給油している姿が目撃されています。その後、田組さんが友人のポケベルに「今、魚津市にいる」とメッセージを送ったのを最後に、二人の行方は途絶えました。

彼女たちが消息を絶ってから、富山県警をはじめとする捜査機関が動き出しましたが、手がかりはほとんどなく、時間だけが無情に過ぎ去っていきました。屋敷さんと田組さんの家族は、娘たちの無事を祈り続け、懸命に捜索を続けましたが、悲しいことに手掛かりは見つからないまま、月日が経っていきました。彼女たちの失踪は、地元で大きな話題となり、メディアも連日取り上げました。しかし、どれだけの努力が払われても、二人の行方は杳として知れませんでした。

一方で、この失踪事件はインターネットを通じて瞬く間に広がり、様々な噂が飛び交うようになりました。掲示板では、「二人は坪野鉱泉で暴走族に襲われた」「北朝鮮に拉致された」「五人の男にレイプされ、車ごと遺棄された」など、実に多様な仮説が語られていました。その中でも、特に生々しい噂は「少女たちの霊が男たちに取り憑き、その後消息不明となった」というものでした。この話は、心霊スポットにまつわる都市伝説として広く知られるようになり、多くの人々に恐怖と興味を同時に喚起しました。

しかし、実際には何が起きたのか。その真相は、18年後の2014年になってようやく明らかにされることとなります。年末、富山県警に「1996年のゴールデンウィークに旧海王丸パーク付近で車が海に転落するのを目撃した」という情報が寄せられました。長い年月が経過していたにもかかわらず、この証言は捜査に新たな光をもたらし、事件は劇的な展開を見せました。

目撃情報に基づいて捜査が進められ、ついに射水市の富山新港の海底で、二人が乗っていた軽自動車が発見されました。車内には、24年間沈み続けた人骨がありました。DNA鑑定の結果、それが屋敷恵美さんと田組育鏡さんのものであることが判明し、二人の遺体はようやく家族の元に戻ることができました。

事件の真相を知る手がかりとして浮上したのは、3人の目撃者の存在でした。彼らは、「運転席と助手席にいた二人の女性に声をかけようとしたが、その瞬間、車が後ろ向きに急発進し、海に転落していった」と証言しました。しかし、彼らは恐怖に駆られて通報せず、その場を立ち去ったと語っています。この証言が示すのは、彼らが事件に深く関与していた可能性が高いということです。しかし、なぜ彼らは通報せず、黙っていたのでしょうか。その疑問は今も残されたままです。

さらに、インターネット上の噂と目撃者の証言が奇妙に一致していることに、多くの人々が注目しました。地元のスナックで「事件に関わった男たちが少女たちの霊に悩まされている」と語った都市伝説が、まるで現実を反映しているかのように広まり続けました。そして、目撃者が3人であったことも、この噂と符合していました。この事実が、事件の真相にさらなる謎を加え、多くの人々の関心を引き付け続けています。

富山県警は事件性を否定し、事故の可能性が高いとしていますが、屋敷さんの父親は「3人の証言は信用していない」と明言し、真実の解明を求め続けています。しかし、警察はこれ以上の捜査を進めるための証拠がないとし、父親は「娘はそれだけの人生だったのだ」と悲しみを抱きながらも、過去を受け入れるしかないと語りました。

この事件は、心霊スポットにまつわる都市伝説が現実と交錯し、真実と噂の境界が曖昧になる中で、未だに解けない謎を残し続けています。

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引用ニュース:https://www.jprime.jp/articles/-/19940?display=b#goog_rewarded