バール

「もしあのとき、もう一度自分を止めていれば…こんなことにはならなかった」
法廷で涙ながらに語ったのは、かつて普通の大学生活を送っていたはずの一人の若者だった。彼は、たった一つの選択が、取り返しのつかない大きな罪を犯し、無関係な高齢女性の命を奪う結果に繋がったことを、何度も悔やんでいた。

この事件は、2023年1月に東京狛江市で発生した強盗致死事件である。指示役として名を馳せた「ルフィ」グループにより、一連の組織的な強盗事件が全国を震撼させたが、特にこの事件は唯一、被害者が死亡した凄惨なケースとして注目されている。犠牲となったのは90歳の女性で、彼女は自宅で強盗に遭遇し、最終的には命を落とすこととなった。

裁判で明らかになった闇バイトの闇

2023年1月に起きたこの事件は、全国で相次いで発生した強盗事件のうち、唯一の致死事件として知られている。裁判では、実行犯の一人である中西一晟被告（当時21歳）が、自らの犯行に至った経緯を涙ながらに告白し、あらゆる選択肢があったにも関わらず、安易に「闇バイト」に手を染めたことを深く後悔していると述べた。

中西被告が陳述したように、闇バイトの誘いに乗るきっかけとなったのは、日常的に利用していたオンラインゲームだった。ゲームを通じて知り合った友人、そして後に共犯者となる加藤臣吾被告との関わりが、彼の運命を狂わせた。加藤被告との接触がなければ、中西被告は今も平凡な大学生活を送っていたかもしれない。しかし、経済的困窮や人間関係の悩みから抜け出せず、闇バイトの誘いに乗ってしまったという現実が明かされていく。

中西被告は、家賃や生活費を補うために闇バイトに加担するようになったと話している。大学に進学し、初めて一人暮らしを始めた彼は、親からの仕送りとアルバイト代で生活をしていたが、加藤被告が同居するようになってから状況は一変した。加藤被告は、生活費を支払うと約束したものの、一度もそれを果たすことはなかった。それどころか、加藤被告は中西被告の金を無断で使い込むようになり、彼の経済的なプレッシャーは日に日に増していった。

犯行に至るまでの「闇バイト」構造と中西被告の葛藤

加藤被告を介して、闇バイトの仲介者として登場する「sugar」という人物。彼とのやり取りは、秘匿性の高い通信アプリ「テレグラム」を通じて行われた。このアプリは、やり取りを暗号化する機能を持っており、犯罪組織のメンバーが頻繁に利用する手段として知られている。

中西被告が「sugar」から最初に紹介されたのは、広島での強盗計画だった。この誘いを最初は断ったものの、加藤被告が実行に参加し、犯行後に無事に逃げ切ったことを聞かされたことで、次第に「ばれない」という感覚を持ち始めた。犯罪行為への抵抗感が徐々に薄れていく過程が、ここで鮮明に描かれていく。

そして2023年1月、ついに狛江市での強盗計画に加担することを決意する。報酬は100万から200万円と提示され、金銭的な困窮に追い詰められていた中西被告にとって、これが最後の救いとなるかのように映った。加藤被告が無事に広島での犯行を成し遂げていたことも、彼にとっては「成功の確信」を与えた。しかし、実際に待ち受けていたのは想像をはるかに超える悲惨な結末だった。

事件当日の詳細――「金のために命が奪われた」

1月19日、実行犯4人が狛江市の住宅に向かうその日。中西被告は他の3人と神奈川県内で合流し、犯行計画の詳細を再確認していた。犯行に使用される車は2台――逃走用の「逃走車」と突撃用の「突撃車」。計画は綿密に練られており、全員がテレグラムを通じて指示役と連絡を取り合いながら進められた。

「凸前からリーダーと電話をつないでいるので、的確に指示します」という「Kim」と名乗る指示役からの細かい指示に従い、4人は宅配業者を装い、住宅に押し入った。女性がドアを開けた瞬間、4人は一気に襲い掛かり、彼女を縛り上げ、金のありかを聞き出そうとした。しかし、どれだけ物色しても現金は見つからなかった。

焦った指示役は、「指飛ばせ」「刃物持ってこい」「殺さない限り全力でやれ」と激しく命令を下し、現場にいた実行犯たちの心理的プレッシャーは一層増していく。リーダーの永田被告は、最終的にバールで女性を殴る決断を下した。そして中西被告は、恐怖の中でただその光景を見守ることしかできなかった。

女性は30か所に及ぶ骨折を負い、命を奪われた。遺族によれば、彼女は暴行の最中に「お父さん、助けて」と20年前に亡くなった夫に助けを求めていたという。高齢でありながらも自立して生活していた女性の命が、こうした残酷な形で奪われる結果となった。

法廷での証言と遺族の悲しみ

裁判では、遺族が代理人を通じて「母は体中の骨を折られながら、助けを求める声を上げ続けていた」と訴えた。遺族の言葉は、被告人たちが犯した罪の重さを再確認させるものであった。母の死に顔は生前の表情とは全く異なり、無念の表情が浮かんでいたという。

中西被告は「自分は一切手を下していない」と無実を主張したが、検察は「共謀していたことは明白であり、罪の重さに変わりはない」として懲役25年を求刑した。裁判官から「最後に何か言いたいことはありますか」と問われた中西被告は、「最も後悔しているのは、止めることができなかったこと」と涙を流しながら告白した。

引用ニュース:https://news.yahoo.co.jp/articles/386bff18791d2a7b6bf7453b1003dfa05f7d1ace?page=3